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あなたの夢は本当にやりたいこと?それとも承認欲求を満たしたいだけ?

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サッカーをする子供の画像

 

為末さん、深いですねぇ。その通りだなぁと考えさせられます。

アカデミー賞を取る夢を学生時代にもってたけど、その夢をどうしたらいいかわからなかくなってる相談にたいして。

こう言っています。

 

そもそもなぜ自分はアカデミー賞を取りたいと思ったのか。そこを問い直すところからだと思います。世界中の人から賞賛されるからなのか。作品が評価されればより大きな仕事につながるからなのか。もっとシンプルに言うと、「褒められたいから」なのか「作りたいから」のか。

アカデミー賞を取る夢、諦めたほうがいいですか? 為末大の悩み相談室【3】:PRESIDENT Online - プレジデント

  

子どものとき近所のおじさんが「アカデミー賞っていうのは大したもんだ」というような話をしているのを聞いたとか、たまたまテレビで見た受賞式の映像の華やかさにひかれたとか、何かのきっかけで自分の内側にある欲求とアカデミー賞というものが結びついて、夢の象徴として自分のなかに住み着いたのかもしれません。その欲求の正体は「褒められたい」だったのか「作りたい」だったのか。

 

ぼくらの夢っていつも何らかの欲望と結びついてるんですよね。子供と遊ぶのが好きだから保母さんになりたいとか、格好いいからサッカー選手になりたい、とか。

 

なかでも大きいのは、じつは「承認欲求」だと感じています。

 

ぼくが小学生のころ、卒業式でみんなの夢が発表されました。女の子で一番多かったのは保母さんで、二番目がお花屋さん。男の子はそれぞれ、サッカー選手、野球選手といった結果だった気がします。

ぼくもプロのサッカー選手になりたいって書きました。

 

これって当時は純粋にサッカーが好きで、Jリーグがはじまってまだ数年でスゴい盛り上がりをみせてましたからね。

カズ、武田、アルシンド、などなど憧れをもってテレビをみてた人も多いんじゃないでしょうか。

 

そんななかの「将来はサッカー選手になりたい」という夢。

子供ながらの純粋な憧れからくるんでしょうが、もっと深くまで読み解くと、これって承認欲求なんですよね。多分。

カズが得点をあげて、あのカズダンスを踊ってみんなから賞賛される。そうした構図を子どもながらに「羨ましい、ああなりたい」と思うんじゃないでしょうか。

そう、これって承認欲求いがいのなにものでもないですよね。

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承認欲求を満たすための人生かも

僕の場合はこのあと中学に進学してから打ち込んだボクシングも典型的なこの例で「いつも勉強で学年一番、スポーツ万能、女の子からもモテモテ」といった兄貴にたいして劣等感を持ちつづけてて、両親や学校の先生、ましてやクラスメートにまでいつも比較されてました(みんなそんなふうには考えてなかったんでしょうが・・・)

 

「もう普通のことをやったんじゃダメだ、まわりから認められない。」といった焦り=承認欲求が満たされてない状況だったからこそ、小学校6年のときにテレビでボクシングをたまたま見たとたんに「これだ!!!びびび〜」と僕のなかで運命めいたものを感じたんでしょう。

 

…そう、ボクシングといった周りの誰もやってないスポーツ・格闘技をやること(やると宣言したこと)でまわりから注目され、承認欲求を満たしたかっただけなんですよ。

おそらくそれが真実なんでしょうが、そう考えるとどうじに寂しさも覚えますね・・・(泣)

 

あれだけ何かに取り憑かれたようにボクシングにのめり込んだのは、じつはたんに自分の承認欲求を満たすためだったなんて…う、うぅ。

 

そして東京で優勝、関東で3位といった結果をのこしましたが、高校ボクシングでそれだけの結果じゃあ、校内でこそ有名人になりましたが、他ではたいして注目を浴びることもありません。

 

だからボクシングは高校でやめ、大学では留学したり、彼女と半同棲したり、いろいろとやりました。

なんかですねぇ、こうして僕の歴史を振り返ると、もうずっと承認欲求を満たすためだけに行動してる気さえしてくるんですよ。で多分そうなんですよ実際に。

 

ただひとつの大きな転機があるとすれば、やはり結婚が大きかった気がします。もう一緒にいるだけで、承認欲求がかなり満たされるので・・・。

 

とここまで僕の過去のはなしを踏まえながらダラダラと承認欲求について書いてきましたが、みなさんどう思いますか?

承認欲求はみんなが持つすごく自然な感情なので、その大きさの違えはあれど共感されるんじゃないでしょうかねぇ。

 

人間なんてしょせんちっぽけな生き物で、たったひとりで生きることはできません。

こうした承認欲求にまでず〜っと囚われるわけですしねー。