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ものづくり、カフェ、日々のいろいろ

「うつ病は甘えだ」という愚かすぎる思い込み。無知。もっと理解がすすむことを願います。

白黒の自然の画像

 

さて、ひさしぶりに「鬱病なんてない!」とハッキリ主張する文章を読みました。気持ちが足りない、なまけている、たまに聞きますが、彼もそうおもうようです。

 

さぞ、気分の落ち込みや希死念慮といったネガティブな感情が起きたとしても、気合いが足りないで済ませられるほど自分をコントロールできる強い心、自制心をもっているのでしょうね。笑

 

鬱病のむずかしいのは、やはり見た目ではわからないことが大きいと感じています。パッと見どこも怪我してないし、健康体そのもの。

ただセロトニンという精神を落ちつかせる物質が脳内で正常にはでてない状態なんです。だから気分が落ち込んでなにもできなくなる。そして脳全般の機能がよわってるので、思考することもままならない。

 

ぼくらの生活は、ぼくらがかんがえる以上に思考に依存しています。ひとは生活のほとんどを脳に依存しているといってもいいでしょう。だから、その脳が正常に働かないということは、いままでの日常生活におおきな支障がでるということでもあります。

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…もしね、うつ病がこの脳だけじゃなく身体的にすぐわかる症状がでれば、うつ病を完全否定するひとも減るはずですよね。

戦争で手足を切断したひと、抗ガン剤で髪が抜け落ちたひと、怪我や病気の症状はちがえど、そうした人たちをまえに冒頭のような荒々しい発言はできないんじゃないでしょうか。

 

うつ病で苦しんでるひとは、大声で叫んでもまったく届かないぐらい孤独の海をさまよっています。そうしたひとがふとしたキッカケでこうした言葉を聞いたらどうおもうでしょう?

 

なんとか繋ぎとめてた社会との糸がブチっときれ、さらに絶望へと突き落とされる気がするんです。そうした意味では「まだまだ鬱病という病気の理解がすすんでいない」のも現実な気がします。

 

こうした発言をまだ堂々とする人がいて悲しかったので、おもうことを書きました。

ぼくがこうして鬱病の経験や学んだことを書くことによって、社会の理解にすこしでも貢献できたなら、すごく光栄なことですね。