読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

MO journal

ものづくり、カフェ、日々のいろいろ

結婚して他人に会う気がなくなりました。マイノリティー(少数派)も自信をもって堂々と振る舞いを。

スポンサーリンク

結婚指環の交換 画像

これ、ノロケじゃないですよ。というよりも僕の性格の欠陥なんです。

 

みんな結婚しても交友関係って維持するじゃないですか。ん、そうそう、職場だったり、地元の友人だったり。

ただ僕のばあい、そうした人間関係がほしいとはおもわないんですよ。あ、正確にいうと「あるにこしたことないけど、それで煩わしくなるなら別になくていいんじゃない?」と。

 

むしろ結婚していつも一緒にいる相手がいるわけですから、それだけで幸せですし、それ以上の関係をあえてもつ必要も感じないんですよねぇ。

え、変わってるって?そうそうだから言ったじゃないですか、ぼくの欠陥だって。ここで「あ、ぼくはコミュ障かも…」を書いてますのでよければ一読を。

⇒ 1つの場所に定住することは「退屈すぎる」!変化し続けることが感性を豊かにし、日常に彩りを与え「楽しさを倍増させる」のだろう。

 

そもそも世の中に完璧な人間なんているはずないですし、みんな欠陥品なわけです。ただその欠陥品たる箇所がそれぞれちがってて、その苦手分野を補うために他人とのつながりや俗にいう社会性が必要なんです。

スポンサーリンク

 

 

よくいうアレですね、

あなた(自分)にとっての常識は他人の非常識、とか。

 

これほど世の中の的を得た言葉はないとおもってて、団塊世代といった時代での常識や、日本や外国といった国単位での常識、ましてや日本だって地域ごとにヨシとされることは随分とちがってきます。

 

スリランカだと首を横に振るとイエス(はい)といった意味ですからね、どうかんがえても知識として知ってるか、その文化圏で過ごしたことなきゃ絶対にわかりっこありません。

 

だから結婚で満足して他人への関心がなくなるってのもアリですし、いくらマイナー(少数派)にみえたって世の中の大半のことはアリなんですよ。だからなんでも堂々と自信をもってやったらいいとおもいますよ、他人の目なんか気にせずに。

 

ただ親切心で言ってくれるのを真っ向から否定するのも気がひけるので、ぼくのばあいは「ハイハイ」と聞いておきながら右の耳から左の耳へ受け流しちゃいます…。ごめんなさい。

 

こういうと人殺しもいいのか?みたいな極端な話をするひとたちが必ずでてくるんですが、それはまた次元がちがいます。もうそりゃ論理とかうんぬんのまえにダメなんです、はい。他人の自由を奪うことほどイヤらしいものはありません。

 

おしまい。