MO journal

ものづくり、カフェ、日々のいろいろ

【うつ病の記録-1】病気になる前は「自分を追い込む」ことこそが成長への近道だと思っていた話。

過去のメールを読みかえしてたら、ふと鬱病での長期休職後(約2年)、1日3時間からのリハビリ出社してたときに書いてた文章がでてきました。

よく残ってたなぁ〜、と懐かしい気持ちでいっぱいになるものの、もしかしたらコレがいま鬱病で苦しんでるひとたちに役立つんじゃないかとおもい、読みやすくアレンジして公開します。(3万字とかなり長い文章になってたので分けます。ムダすぎる箇所も多いので…)

 

ちなみに、リハビリ出社のときは何やってもいいと言われてたので、じぶんを客観的にまとめることが有効だとおもい、こうやって書いてました。

社会人になってからの振りかえり 

期間:2005年4月ラクト・ジャパン入社 〜 2008年6月ロサンゼルス研修

 

仕事第一優先ではたらいてて、他のすべては二の次。

自分を追い込むことは成長するために良いことだと考えていた。

 

「自分を追い込んだ分だけ成長し、仕事で結果を出すことが出来て、社内での評価も上がる。そうすると、自分の意見が社内で通りやすくなり、やりたいことがやりやすくなる。」そんな風に考えていたのがこの時期。アホ。

 

そのための犠牲(恋愛、友達との遊び、趣味)は仕方ないと...←まじでアホ。

 

2007年にリトアニアの友人に会いに行ってから、リトアニアとの商売を作ることに全力を注いだ。

それが楽しくてしょうがなかった。

 

そのころから目標がリトアニアや他の東欧諸国と商売をつくって(飼料=乳牛へのエサ、も大手商社むけに徐々に契約できはじめてきていた)、ときどき出張、ゆくゆくはラクト・ジャパンの東欧駐在所をつくりたい、それが目標になっていった。

 

当時の考えかたは本当に一直線で、自分のほかの欲をぜんぶ無視しつづけていた(バカ)。

 

毎日酒びたりで酔いつぶれるまで飲んで、金も使い果たす生活

肝臓は悪くなったし、毎日ぐだぐだの状態でいろんな人に電話しまくり、多くの人との関係もこわれた。

ときどき「このままでいいんだろうか、こんな生活でいいんだろうか」と疑問におもったり、よく寂しさを感じたけど、強引にムシしつづけた。

自分自身を大事にすること、愛すること、本心でなにを望んでいるかが全くわかっていなかった。

スポンサーリンク

 

ロサンゼルス駐在で、うつ病を発症 

そんななかでロサンゼルス研修がきまり、リトアニアとの商売が未だ決まっていないなか、もっと国内で仕事がしたいという気持ちとアメリカで挑戦したい気持ちと両方の気持ちをもった。

出発するころにはアメリカで働くことに対して意欲があふれるようになってたけど、アメリカでの仕事は想像以上にシンドかった。(あれは異常すぎ)

 

なにを言われても何もかんじなくなり、あらゆる感情が消え、メールの返信も出来ないくらい記憶力は失われ、テレビの会話の内容が理解できないくらい思考力が落ち、胸にはモヤモヤした不安感?のようなスッキリしない感覚が24時間ずっとつづきいた。

視点が合わずモノが二重にみえ、集中力がまったく続かない。

 

まさに地獄、人生のどん底って言葉がピッタリくる状況だった。

そんな日が数ヶ月つづき、休職、復職をくりかえす。

 

あの状態がつづけば自殺って言葉が頭をよぎるのも仕方がないとおもう。

自殺しようなんて全く思わなかったけど、高台に行くとスーっと引っ張り込まれるような感覚があったり、持ってる薬を全部一気に飲んだらどうなるんだろう、って考えたりはしたけど...

 

何があってももう二度とこの状態には戻りたくない...

 

つづく…

⇒ 【うつ病の記録-2】病気を分析して浮かび上がる4つの理由。なかでも最大の原因は生真面目な僕の性格か…。