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寄付は素晴らしい!ただし、寄付という行為は相手だけでなく「自身の渇きを満たしている」ことを忘れてはいけない!

なんらかの行動をするときに、100%他人のため!といった行動は有りえないように感じます。

 

ボランティア活動をする。寄付をする。

 

そういった行為には必ず自分のためといった側面が含まれていることを忘れてはいけないと思うのです。

 

寄付してきた実感として

寄付 写真

たとえばボクの例でいうと、いままでにワールドビジョンやプランジャパンのチャイルドスポンサーになったり、運営するViri Fideブランドを通して、いくつかのNGOに寄付をしてきました。

 

 

ただしそれは、寄付といった行為を通じて「世の中の役にたっている実感が欲しい」という自身の欲求が含まれいたわけです。

 

もちろん寄付により途上国の貧困に苦しむ子どもや環境保護に貢献できることも確かですが、それと同時に「寄付しているボクらも代わりに受け取っているものがある」と理解したほうがいいと思うのであります。

 

富と名声では満たさないものをくれるのが寄付!

どこかで聞きましたが、ビジネスで成功して使い切れないほどの富と名声を得ると、そういった人が必ず行うことがあるそうです。

 

そう。それが慈善事業。寄付や特定の慈善団体を設立したり、カンボジアに学校を建てたり、成功者はほぼ例外なく、そういった方向に進むといったことを聞いたことがあります。

 

実際にビル・ゲイツも慈善団体を設立してますし、アップルCEOのティム・クックが全資産の940億円ほどを寄付することが、このあいだ大きな話題になりました。

 

これは自身のイメージを作るブランディングといった意味合いもあるのでしょうが、そういった側面よりも、困ってる人を助けることでしか得られない自身の渇望を満たす役割があるように感じます。

 

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寄付は一方通行ではない!

寄付は「絶対的な良いことをした」という快感を得られる面で、一種の麻薬のようなものであるといえます。

困ってる人に手を差し伸べる寄付はもちろん素晴らしいことです。ただし、寄付する側も寄付をしてるからといって上から目線の横柄な態度ではなく、その行為から受け取れる、人助けの素晴らしさや感謝の気持ちを常に持っていたいと感じます。

 

寄付者と寄付を受け取る側が完全に対等とみなすことは不可能でしょうが、すくなくとも完全なる一方通行の行為ではないことを意識していたいものです。

 

参考:たかが下痢。されど下痢。毎年150万人の子どもが死ぬ途上国。この途方もない問題の解決に挑むNGO「グッドネーバーズ・ジャパン」がスゴい!