MO journal

ものづくり、カフェ、日々のいろいろ

うつ病ほど最高な修行はない!と経験者のボクは思う

うつ病 人生の修行 千日回峰行

最終更新日:2015年11月13日

 

うつ病の苦しさは想像を絶するものがあります。

あの生きた心地のしない状態が延々とつづき、その終わりの見えない自分自身との戦いで消耗し、どんどん心をすり減らしていってしまいます。

 

が、うつ病になった事実はいまさら変えられるはずないので、もっとポジティブに考えることをオススメします。

かんがえかたによっては普通のひとが体験できないことをやることができてるので、貴重な時間を過ごしてるとだって言うことができるんです。

 

で当時を振りかえって思うのは、うつ病は、最高の修行だ!ということ。

 

そう。人生において真似しようと思ってもできない貴重な修行期間なのです。

 

スポンサーリンク 

 

 

京都の千日回峰行って知ってますか?

9年かけて行う地獄のような修行で、僧侶たちは「生きることは何なのか」「大切なものとは何か」、そのような疑問から過酷な修行をおこないます。

 

まとめ記事がありましたので、興味があればご覧ください。

読んでるだけでも、そのハチャメチャ具合が伝わってきます。

 

【マジ超人】1300年で2人!「大峯千日回峰行」が凄まじすぎる - NAVER まとめ

 

この人たちがスゴイのは、なんといっても

 

 

地獄のような修行を自分の意思でやっている!

 

 

ことでしょう。

 

誰に強制されてるわけでもありません。この修行をやることに意味を感じて、9年にわたって修行し続けるわけです。そう、もうこれって拷問でしかないですよねぇ。お金の話をするのもイヤらしいですが「1億円もらってもやりたくないでしょ、これ!」といったレベルです。

 

ただですねぇ、なんでこんな話をするかというと、うつ病のみなさんも同じようなツラさ(あるいはそれ以上)を毎日のように味わってると思うんですよ。どうしようもないツラさを...

 

ただ決定的にちがうのは、うつ病の人たちは、

 

 

別に修行することを選んだんじゃない!

 

 

ということ。

 

そう、苦しみたくて苦しんでるわけじゃないんです。真面目すぎただけだったり、ストレス発散がヘタなだけだったり...結果として仕方なく、うつ病になっているわけです。

 

ただここでですね、ちょっと発想を変えてみませんか?

 

毎日が地獄のように苦しい。なにもできない。終わりのみえない日々が続いてる。

そう。うつ病って、上で書いた千日回峰行と似てる部分ってあると思うんですよねぇ。

 

この千日回峰行って1300年に2人?しかやったことがないみたいなんですよ。マジで超人ですな。挑戦して失敗した人も数多くいるようですが、ボクがうつ病だったときのことを思い出すと、「まさに千日回峰行という修行をやってるような感じだったかもなぁ」と思うわけです。

 

ホントつらかった!でも、同時に貴重な経験をした!と。だからこそ、こうやってブログも書けるわけですしねぇ。

 

うつ病の方に経験者として言いたいのはですね。

 

 

マジで貴重な体験をしてるんだ!

 

 

ということです。「いまのツラい状況をそんなふうに捉えてもいいんじゃないかなぁ」と。

 

(先輩づらするな!って思った方。ごめんなさい...)。

 

日々の生活が大変で、そう考えるのは簡単ではないでしょう。将来への不安も大きいでしょう。ただ、頭のどっかに置いておいてください。回復期にはいったとき、あるいは社会復帰して普通に働きだしたとき、ふとした瞬間にこう思うことで救われることがあるかもしれません。

 

ボクは回復期のときに京都の比叡山延暦寺にいき、この千日回峰行のことを知りました。そのときに衝撃をうけ、うつ病への考え方が多少なりとも変わったのは確かなのです。

 

参考:うつ病の人は運がいい。悲観的になる必要はないので、その強運に感謝しよう。